筆不精をしている間に2014年がやってきてしまいましたが、昨年は少しずつイベントに顔を出していたので、その振り返りをしたいと思います。2014年の抱負は改めて。
対話をうみだす"実践知"を、トップランナーから学ぶ
7月に東京大学大学院の中原研究室主催の
研究会に参加。小学校教諭の菊池先生と、企業の組織変革を行っている(多分)コーチの加藤さんが、ミニワークを交えながら「大人とこどもの対話」について講演されました(当日の中原先生の
スライド)。企業も学校も組織の中にいる人もコミュニケーションツールも多様化する中、対話の重要性が益々高まっているというイントロダクションからはじまりました。
菊池先生のお話は小学生を対象とされていながら、おとなの学びの場作りにもヒントになりそうなことがたくさん。最近、学ぶ体制を整えるための時間がもしかすると足りていないのかもしれないと考えていました。
・学校経営と対話力は比例して伸びる。
・まずは対話の土台をつくる。教師が生徒をほめる、認めることで、生徒同士がお互いにほめ合う土壌ができる。
・人間関係の調整力(相手に誠実に向き合う、対話をしようとする姿勢)を身につける環境をつくる。たとえば、朝の会や帰りの会の時間、授業でのミニゲームの活用。
・学びのスタイルをつくる。例えば、「人」と「意見」を区別すること、議論することの楽しさを知ること。
・カリキュラムに沿ったことを教えるのではなく、違いが生きる対話を重視する。
また、企業の人材育成や組織開発に携わっていることも、加藤さんのお話は聞いたことのある内容が多かったのですが、体を動かして感じてみたり、「問題を解決しない」という考え方が新鮮でした。
子どもたちにプログラミングを教えよう!
8月には、NPO法人CANVASと日経BP主催の
イベントに参加。基調講演はMITメディアラボのMitchel Resnick教授という、なんとも豪華なものでした。恥ずかしながら、言及された人や考え方について知らないことが多かったのですが、わくわくする内容が多く、考える糸口をいくつか得られた貴重な時間になりました。
CANVASとの出会いもここがはじめて。理事長の石戸さんからビジョンを伺って興味をもち、11月からキッズ研究所のファシリテーターとしてお手伝いさせていただくことになりました。さらに、大好きな『Playful learinig』の上田先生も聴講にいらっしゃっていました。勇気が出ずに話しかけることは叶わなかったのですが、この世界に足を踏み入れることが出来たような気がして嬉しくなりました。
余談ですが、
友人
の
Tomoのおかげで後日上田先生にお会いすることができ、足を止めずにいればチャンスは広がるのだと実感しています。
・「code to learn」という考え方。codingを学ぶことはwritingと同じ、自分の考えを表現し、アイディアを共有し、新たな視野を得ることができる(EdSurgにMitchの
ポストがありました)。
・「やりたい!」という気持ちが大切。すべての子どもは異なるニーズをもつ。彼らのニーズやモチベーションを起点とし、頑張って取り組む過程でFrustrationが生じる。それに対して適切なヒントが与えられると効果的。教師は生徒と共に自分のプロジェクトに取り組みながら、彼らのモデルになる。
・Coding(Scratch)を通して、アイディアをシェアすることでさらに創造性が広がる、一方でオリジナルのアイディアを出すことは難しく希少性が高いことが実感できる:Creative learning cycle(Imagine-Create-Play-Share-Reflect-Imagine)
Educational Leadership
10月の東大GLP特別シンポジウム
Education Leadership~教育の目的とは?は、仕事の都合により、Charbonneau先生の講演の途中からと、その後のパネルディスカッションを聞くに止まりました。Charbonneau先生のお話は、根底に「生徒の可能性を信じる」という考えを持っていることが感じられるよい講演でした。
MOOCsの影響についても触れられており、テクノロジーの進化が世界の教育や教師の役割を変えつつあることを改めて感じました。学校教育にタブレットを持ち込むか、等の議論は単に手段の問題であり、教育はどうあるべきか?から考えていきたいと思います。また、先のプログラミングセミナーでも言われていたのですが、「学び方を学ぶ」ことが今後(既に?)Keywordのひとつになっていくように感じました。個人的にもっと学びたいテーマです(詳細のレポートは
こちら)。
・教師の役割(6keys)
- Today:生徒にとっては先生はひとり。信頼は一言、一瞬で崩れる。常に世界一の先生であれ。
- Experience Failure:失敗から成功が生まれる。失敗を奨励せよ。
- All Students:全ての生徒を家族のように扱うべし。
- Solutions:diversityに富む生徒が存在する中、問題も多様。個々の問題にsolutionを与えるべし(先生が解決すべき、ということではない)。
- Seek and Give Help
- Lead:事例等を示して、なぜ学ぶのか?を考えさせる/目的と手段としての教育を繋げるべし。
・生徒がどう考え、どう学ぶかをDevelopする必要がある。
・日本の教育はペナルティーが多く、チャレンジできる環境が少ない。
MOOCと反転授業で変わる21世紀の教育
FLITというdocomo協賛(主導?)で東大大学院に開設された講座の
公開セミナー。オンライン教育という概念やコンテンツが日本でも急速に広がる中、企業はそこに商機を感じ、既存の教育機関は遅れまいと腰を上げた、というところでしょうか。
冒頭の山内先生のお話によると、日本では一部の大学(早稲田大学、島根大学、山梨大学)でFlipped learningの手法が取り入れられ始めているが、Mooc×Flipped learning(=各大学、教師がコンテンツをもつのではなく、外部のリソースを用いて学びを展開する)は未実施とのこと。コンテンツの拡充のみならず、教師の役割をどう位置付けどう育成するか、が鍵となりますね。グロービスの講師育成のあり方は、参考になるのではないかと感じています(レポートは
こちら)。
USの公立高校の教師であるQayoumi先生の講演では、教育機関の役割の変化と学生の学び方の変化に言及されていました。印象的だったのは、Moocによって早く卒業できる学生が増える可能性に対してのコメント。ひとりひとりが自分のペースでベースとなる知識を身につけるというのはイエナプランにも近いアプローチ。一方、ベースは揃いながらも興味が異なる学生をいかにマネージし、視野を広げ・深めていくかは難しくなっていく?どこまでをベースとして、どこからを個々に委ねるのか、そしてどの時点でそれらを身に付けるべきとするのか、特に高校や大学の役割ってどうなっていくのでしょう。各校の経営にも影響を与えますね。
幼稚園教育理解推進事業(中央協議会)
Twitterで流れてきた
イベント。何も考えずに申し込んだのですが、どうやら全国の幼稚園の先生を対象としている会を一般にも公開しているようでした。冒頭の文科省の方の挨拶で驚いたのは、国旗への礼と文字通り文章を読み上げる挨拶。久しぶりにこのような場に参加しました。日本人がプレゼンテーションが下手なのか、官僚だからなのか(もしくはわざとなのか)、、、他の国でもこんなかんじなのかしら。
以下3テーマが本協議会の協議主題となっているようで、シンポジウムでは各パネリストが自分の立場に沿ってコメントするというものでした。
- きまりの必要性などに気付き、自分の気持ちを調整する力が育つようにするための環境の構成や教師のかかわりについて
- 自ら考えようとする気持ちが育つようにするための環境の構成や教師のかかわりについて
- 人の言葉や話などをよく聞き、自分の経験したことや考えたことを話し、伝え合う喜びを味わうようになるための環境の構成や教師のかかわりについて
当然のことながら幼稚園だけで考えられるものではなく、小学校に向けての準備段階として「あるべき姿を定め、それに向けた環境をつくっていく」ということは普通に納得できること。印象的だったのは、明化幼稚園長の桶田先生のお話。外部研修が充実したことにより、園内の先生が一堂に会す機会が少なくなっているとのコメント。皆が同じ課題を認識できるよう様々な場面でその課題について触れるようにしているとのこと。また、学校教育の現場を知る機会をつくるよう気を付けているそう。企業研修でも、共通の課題を認識したり、現場を知る機会は意図的につくれそうだと感じました。
講演では、鳥取大学の小枝先生を迎え、「幼児一人一人の教育的ニーズに応じた支援の在り方」を考えるというもの。ガールスカウトで子どもたちと関わっており、また、中学校の先生から学習障害をもつ子どもの増加や支援体制の不足について聞き、漠然と問題は認識しているつもりでした。しかし、Inclusive教育という概念も、子どもの「困り感」の分類(素因+育ちの環境+学習環境)についても考えたことはありませんでした。小枝先生によると、発達障害の全体数は増えていないが、障害の併存は増えているそう。親はなかなか気付かず(気付きたくない)、小学校で躓く子どもが多いため、幼稚園でその可能性に気付き、親や小学校に連携する役割をもつ必要性を仰っていました。
幼稚教育から企業研修まで、さらっと全体をなめただけですが、そこにはたくさんの問題と可能性があることを感じました。今後は、どこに焦点を絞るかを決めるために、もう少し日本の教育の歴史を遡ってみたいと思います。